お知らせ

令和5年07月15日

【宝物館企画展】神武天皇陵と天誅組 -幕末・明治の橿原-

橿原神宮宝物館では、715日(土)より829日(火)まで企画展「神武天皇陵と天誅組」を開催しております。

 

今から160年前の文久3年(1863)、現在の橿原地域では重要な出来事が2つありました。

 

1つは、幕府による天皇陵の修築と治定事業(不明だった天皇陵の位置を調査して決定すること)によって、神武天皇陵が現在の位置に定まったことです。

 

2つ目は、孝明天皇の大和行幸(天皇親征と神武天皇陵参拝)が尊攘派公家たちによって計画され、それに合わせて「天誅組」が組織されたことです。

 

天誅組の志士たちは挙兵し大和五條の代官所を襲撃しますが、京都では公武合体派によって尊攘派が追放され(八月十八日の政変)、天誅組も壊滅しました。

 

神武天皇陵の治定と、新しい日本のあり方を模索する志士たちの挙兵は相互に関係していたのです。

 

明治維新への胎動と橿原の地は密接な結びつきを持っていることが分かるでしょう。

 

本展では、治定前の神武天皇陵の絵図、天誅組 吉村虎太郎が佩用した刀、同じく天誅組の一員だった北畠治房が奉納した薙刀に加え、維新後に描かれた神武天皇陵墓図などをご紹介します。

幕末から明治期の神武天皇に対する人々の思いを感じていただければ幸いです。

令和5年07月07日

長山稲荷社とタシロラン

長山稲荷社の参道で、準絶滅危惧種に指定されているラン科のタシロランが今年も可憐な白い花を咲かせています。

可憐な花は、2日に斎行された長山稲荷社月次祭においても、祭典に花を添えていました。

タシロランは、枯れ葉などを分解する菌類と共生する腐生植物で、植物学者の田代善太郎氏が発見したことからタシロランと名付けられています。

葉緑素をもたないため全体に白っぽく、房状の花を付けるのが特徴です。

10日程で枯れてしまう儚い花で、長山稲荷社のほか境内各所で御覧いただけます。

 

※鎮守の杜護持のため、境内に生育している植物等の採取は御遠慮下さい。
 詳しくはこちらを御覧下さい。

令和5年07月04日

長山稲荷社月次祭斎行の御報告と池畔の花々

72()午前10時より、多くの御参列のもと長山稲荷社月次祭を斎行いたしました。

また、月次祭に併せ御奉納を賜りました幟を大神様に御奉告申し上げ、お祓いいたしました。

御奉納を賜りました幟は、初午祭・例祭の斎行日、初詣期間中に参道に掲げます。

 

さて、7月に入り本格的な夏を迎え、日に日に暑さも厳しさを増してきました。

長山稲荷社の鎮座する深田池の池畔には暑さを忘れさせるような爽やかな涼感のある花々が見頃を迎えております。

 

花の名前は「アガパンサス」です。

池のほとりに高々と茎を伸ばし、見事な花を咲かせて御参拝の皆様の目を楽しませております。

 

ぜひ御参拝の折に御覧下さい。

令和5年07月01日

「夏越神楽祈祷」斎行の御報告

 71日(土)午前11時より「夏越神楽祈祷」を斎行いたしました。

 「夏越神楽祈祷」は下半期のはじまりにあたり、上半期の大神様の御神恩に感謝し、これからの下半期の平穏を祈願申し上げる行事です。

 神楽殿にて神職が御崇敬の皆様の身体健全・家内安全、また事業所の社運隆昌・無事故安全を祈願する祝詞を奏上し、その後巫女による神楽「鈴舞」を奉納いたしました。

 皆様方には、これからの半年間を清浄な心と身体を保ち、日々お健やかにお過ごしになられますことをお祈り申し上げます。

令和5年07月01日

「煤払神事」・「夏越大祓」執行の御報告

 630日(金)午前10時より「煤払神事」、午後3時より「夏越大祓」を執り行いました。

 「煤払神事」では、神職・巫女約40名が御本殿以下諸社殿を清掃し、半年間に積もった煤を取り払いました。

幣殿を清掃する神職


 「夏越大祓」は約180名の方に御参列をいただき、天候不順のため橿原神宮会館にて神事を執り行いました。大祓では神職らが御参列の皆様と共に大祓詞を奏上し、日々の生活で知らず知らずに犯してしまった罪やけがれを形代かたしろに移し祓いを行うことで、清浄な心身に立ち返り、次の半年間の健康と平穏無事を願いました。

大祓詞を奏上する参列者

形代を祓う神職

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