お知らせ

令和7年06月17日

「御田植祭」斎行の御報告

616日(火)10時より「御田植祭」が斎行されました。

祭典では、4月に斎行された「下種奉告祭」で御神前にお供えされた種から生育した忌苗いみなえ(罪穢れのない清浄な苗)を神饌田に植え、五穀豊穣を祈念致しました。

植えられた苗は、秋の「抜穂祭ぬきほさい」斎行後に収穫され、豊穣の感謝を込め1123日の「新嘗祭」にて、御神前にお供え致します。

令和7年06月09日

「皇后献上佐韋祭」斎行の御報告

69()930分より「皇后献上佐韋祭きさいのみやけんじょうゆりさい」を斎行致しました。

皇后献上佐韋祭きさいのみやけんじょうゆりさい」は、神武天皇の皇后である、媛蹈韛五十鈴媛皇后ひめたたらいすずひめこうごうの御神徳を尊び、皇后にゆかりの深いササユリを御神前へお供えする祭典です。

祭典では、斎主の祝詞奏上に続いて昭憲皇太后御歌「広前に 玉ぐしとりて うねび山 高きみいつを 仰ぐけふかな」に作曲・作舞した神楽「榊舞」を奉奏致しました。

ササユリは、祭典のため境内にて栽培し当日巫女が摘み取ったものと、篤志家の方より御奉献いただいたものを合わせてお供えしております。

御神前へ奉献したササユリは、外拝殿にて展示しておりますので、御参拝の折に御覧下さい。
※展示期間は開花状況によりますので、あらかじめ御了承ください。

 

令和7年05月28日

「吉野川初鮎奉献祭」斎行の御報告

5月28()午後3時より神楽殿にて「吉野川初鮎奉献祭」を斎行致しました。

『日本書紀』には、御祭神 神武天皇が東征の際、大和国 丹生の川上で戦の勝敗を厳瓮いつべ(酒の入った壺)と魚(鮎)を用いて占ったと記されています。

昨年(令和6年)からこの故事にならい、御祭神に縁の深い吉野の地で取られた初鮎が丹生川上神社 にうかわかみじんじゃ上社かみしゃを通じて川上村漁業協同組合より奉納いただく運びとなりました。
祭典では、6月1日の鮎釣り解禁を前に成育調査の試し釣りで当日に釣られた鮎22匹が川上村漁業協同組合長より斎主を通じて御神前にお供えされました。
その後、祝詞奏上に続き、神楽「鈴舞」を奉奏し豊漁・釣り人の安全を祈念致しました。

令和7年05月15日

「初鮎奉献祭」斎行の御報告

513()11時より神楽殿にて「初鮎奉献祭」を斎行致しました。

「初鮎奉献祭」は、岐阜県・長良川の鵜飼開きで獲られた鮎を御神前に奉献する神事です。

例年鵜飼開きで獲られた鮎は皇室へ献上されており、当神宮への奉納は皇紀2600年にあたる昭和15年より始まり、今年で83回を数えます。

当日は鵜匠の使者として岐阜県のボーイスカウト役員が初鮎を持参し、漁の安全と豊漁を祈念致しました。

 

 

令和7年05月05日

「有楽流献茶祭」斎行の御報告

55日(月・祝)午前10時より、茶道有楽流うらくりゅう宗家・十七代家元 織田おだ 宗裕そうゆう氏奉仕による「有楽流献茶祭」を斎行致しました。

有楽流は織田信長の弟である織田長益が、千利休に師事して茶道の奥義を極めて創始した流派で、名を有楽斎と号しました。

橿原神宮では、織田 長益(有楽斎)にゆかりの深い、重要文化財 織田家柳本陣屋御殿「文華殿」6日まで特別公開中)が、境内に移築された昭和42年より、祭典を執り行っております。

祭典は有楽流関係者の参列のもと斎行され、斎主の祝詞奏上に続き、手前座にて家元が点じられたお茶を神職が御神前へお供え致しました。

また、献茶祭にあわせ境内では拝服席が設けられました。
本席として有楽流、副席として裏千家、煎茶席として表千家が奉仕され、多くの方が風雅な一時を過ごされました。