御製・御歌と舞
また、御祭神にゆかり深く、宮中にて即位の礼の際には必ず奏される「久米舞」も橿原神宮では舞われています。
神楽舞について
明治天皇御製
「扇舞」
橿原の とほつみおやの 宮柱
たてそめしより 国はうごかず
「かしはらのとほつみおや(遠祖)、つまり神武天皇が橿原の地で国の基礎をお築きになって以来、わが国は少しも揺るがないことだ」と詠まれた御製で作舞されたもの。
橿原神宮では最も多く奉奏され、2月11日の紀元祭のほか、毎月の月次祭〈つきなみさい〉や各祭典で奉奏されます。
明治天皇御製
「鈴舞」
橿原の 宮のおきてに もとづきて
わが日本の 国をたもたむ
昭憲皇太后御歌
「榊舞」
広前に 玉ぐしとりて うねび山
高きみいつを 仰ぐけふかな
神武天皇陵を御参拝になられた時に詠まれた御歌で作舞されました。
月次祭他、各祭典で奉奏されます。
昭和天皇御製
「浦安の舞」
天地の 神にぞいのる 朝なぎの
海のごとくに 波たたぬ世を
神武天皇が即位されてから2600年の年である昭和15年に作舞され、広く全国の神社で舞われています。
神楽の起源
神楽舞は記紀の中に記されている「天の岩屋神話」が起源と言われています。素戔嗚尊〈すさのおのみこと〉の田を荒らす等のあまりに酷い仕業にお怒りになった天照大神〈あまてらすおおみかみ〉は、天の岩屋へ閉じ籠ってしまわれ、世の中は常闇〈とこやみ〉となってしまいます。
神々が天照大神を外に出す為の策の一つとして、天鈿女命〈あめのうずめのみこと〉に磐戸〈いわと〉の前で喋り踊らせた結果、外の様子を御覧になろうとした天照大神を引き出す事に成功し、世に再び光が取り戻されたと伝えられています。
久米舞について
「久米舞〈くめまい〉」は神武天皇が東遷の際、大和の宇陀で戦勝の宴を催された際に、久米部の兵士達が歌い舞ったことが起源とされています。
四人の舞人が久米歌、龍笛〈りゅうてき〉、篳篥〈ひちりき〉、和琴〈わごん〉に合せて舞う姿は勇壮で、特に剣を振り下ろす舞姿が大変印象的です。
奈良時代の東大寺大仏開眼法要で奉納された記録があり、その後室町時代に途絶えてしまいますが、江戸時代の文政元年(1818)に再興され、以後は宮中で即位の礼の際には必ず奏されてきました。
橿原神宮でも年2回、4月29日の昭和祭と、11月23日の新嘗祭で舞われています。
橿原神宮御参拝にあたっての御歌
神武天皇二千六百年祭にあたり橿原神宮参拝
遠つ世の 風ひそかにも 聴くごとく
樫の葉そよぐ 参道を行く
平成28年(2016)は、神武天皇が崩御されてから二千六百年という式年にあたり、天皇皇后両陛下(当時)が橿原神宮へ御親拝なされました。
御歌は、その時のお気持ちを美智子皇后陛下が詠まれたもので、平成29年(2017)の年頭に宮内庁より発表されました。
ふと遠い歴史の彼方から吹いてくるひそやかな風の音を聞くようなお気持ちで、カシの葉のそよぎを聞かれつつ、参道をお進みになった際のことをお詠みになったと言われています。
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