お知らせ

令和5年04月19日

「第十三期海軍甲種飛行予科練習生 第五十回戦没者慰霊祭」斎行の御報告

 晴天に恵まれた49()、午前11より若桜友苑にて約80名の御参列のもと、「第十三期海軍甲種飛行予科練習生 第五十回戦没者慰霊祭」を斎行いたしました。

 当日は御遺族代表や来賓、また90代後半を迎えられた第十三期生存者の方にも御参列を頂く事が出来ました。御参列頂きました皆様には、改めて御礼を申し上げます。 慰霊祭では斎主の祝詞奏上後、昭和15年の紀元2600年奉祝のため、昭和天皇御製に作曲作舞された世界の平和を願う神楽「浦安の舞」を奉奏。また、50回目の節目を迎えるにあたり、シンガーソングライター 山口采希 氏による軍歌の奉唱やトランペットの奉納演奏等、各種献歌・献楽が行われました。

 先の大戦において、先人達は祖国の日常、歴史、文化そして愛する人々のために命を捧げられました。今日、当たり前のように平和を享受する私達は、改めてこのことを深く認識し、感謝しなければなりません。
橿原神宮では、今後も尊い生命をかけて祖国を守る為殉じられた英霊に哀悼の意を捧げ続けると共に、昨今の争いが一日も早く終息し、平和になりますことを祈念いたします。

来年の慰霊祭へ、1人でも多くの方に御参列頂ければ幸いです。

令和5年04月17日

「花の下連歌奉納」の御報告

 48日(土)12時より、春らしい青空の下「花の下連歌奉納」が執り行われました。「花の下連歌」は、和歌の上句と下句を交互に詠み上げる詩歌の一種「連歌」を、桜の咲く時期に神仏に奉納するものです。

 4回目となる本年は京都連歌の会より16名が参加。貴賓館にて連歌を創作した後、完成した44句が内拝殿にて詠みあげられました。例年、この「花の下連歌奉納」では、花に因んだ宮司の発句から句が創作され、この発句から試行錯誤が重ねられた連歌が、内拝殿で静かに御祭神へ捧げられています。

令和5年04月07日

「花の下連歌奉納」の御案内

 48日(土)12時より、京都連歌の会による「花の下連歌奉納」が執り行われます。

 連歌とは、和歌の「五・七・五・七・七」の上句「五・七・五」と下句「七・七」を交互に読み続ける詩歌の一種で、前に詠まれた句から連想して次の句を詠み上げます。

 「花の下連歌」は京都連歌の会宗匠・南宗寺連歌会宗匠の鶴﨑 裕雄氏が主宰する連歌会が、桜の咲く時期に連歌を詠み、神仏に奉納するものです。
当日は、参加者が集って詩を詠み上げた後、内拝殿にて完成した連歌を詠み上げて奉納いたします。

また、連歌を詠みあげる様子を、御自由に御覧いただけます。
【場所】橿原神宮 貴賓館
【日時】4月8日(土)正午~午後3時頃

令和5年04月07日

「神武天皇祭」「国栖奏奉納」斎行の御報告

 43日(月)午前10時より、「神武天皇祭」を斎行いたしました。
当日は青空が広がり、祭典にふさわしい暖かな天候となりました。

 「神武天皇祭」は『日本書紀』において、神武天皇が崩御された日に当たる日が現在の4月3日と記されていることから、神武天皇の御聖業を仰ぐ祭典として執り行われております。

 祭典に先立ち、宮司以下祭員が神武天皇陵を遙拝し、祭典では、宮司の祝詞奏上後、巫女による神楽「浦安の舞」を奉奏いたしました。「浦安の舞」は昭和天皇御製に作曲・作舞された神楽で、平和への願いが込められています。

 同日午後1時からは「国栖奏」(奈良県指定無形民俗文化財)が奉納されました。
国栖奏は、応神天皇(第15代)が吉野へ行幸の際、国栖の人々が醴酒(れいしゅ/こざけ)を献上して歌舞を奏したことに由来します。また『日本書紀』には、神武天皇が東征の際に吉野で、この国栖の人々の祖先である磐排別(いわおしわく)の子に出会ったとも記されています。
「国栖奏」の歌詞は一歌から四歌まであり、四歌は『日本書紀』に記された歌を奉奏しました。

令和5年04月06日

「御鎮座記念祭」斎行の御報告

 桜も満開を迎えた42日(日)、午前10時より「御鎮座記念祭」を斎行いたしました。

 祭典は、橿原神宮の御鎮座を記念して御鎮座翌年から現在に至るまで執り行われており、宮司の祝詞奏上後、巫女による神楽「扇舞」を奉奏いたしました。

 また祭典後半では、白色尉〈はくしきじょう〉の翁面をつけて舞う「翁舞」が奉納されました。